理想的な発振器があるとする。出力は完全な正弦波——
スペクトルを見れば に鋭い縦線が一本立つだけだ。でも実際のオシレーターはそうじゃない。その縦線の周りに、裾野が広がっている。これが 位相雑音 だ。
何が揺れているのか
実際の発振器の出力は、こう書いた方が正直だと思う:
は振幅のゆらぎ、 は位相のゆらぎ。このふたつが「不純物」だ。振幅雑音は AGC などで抑えられることが多いけれど、位相のゆらぎ はなかなか消せない。
がランダムに変動するということは、瞬時周波数もランダムに揺れている、ということ:
音で言えば、ピアノの A4 (440 Hz) を弾いているつもりなのに、440.00001 Hz や 439.99999 Hz の間を微妙にうろついている感じ。人間には聞こえないレベルだが、RFシステムにはかなり響く。
L(f) という指標
位相雑音の大きさを表す指標が (スクリプト L)だ。言葉にすると ──「キャリアから周波数 だけ離れた所で、1 Hz 幅ぶんの雑音電力を取り出し、それがキャリアの電力より何 dB 下にあるか」。式で書けばこう:
図にすると掴みやすい。中央にキャリアの鋭いスパイクが立ち、その両裾に雑音の「スカート」が広がっている。ある offset で 1 Hz 幅を切り取って、それがスパイクの天辺から何 dB 下にあるか ── それが だ。
単位は dBc/Hz(キャリアに対して何 dB 下か、を 1 Hz あたりで測る)。たとえば なら、「キャリアから 1 kHz 離れた所では、1 Hz 幅で見るとキャリアより 120 dB も弱い雑音しかない」── つまりかなりクリーンな発振器だ、という意味になる。
実際のスペクトルを見ると、キャリアに近い領域ほど が大きい(雑音が多い)。遠ざかるほど下がっていく。その傾きは発振器の種類によって違う—— の領域があったり、 の領域があったり。
Leeson 方程式
Leeson が 1966 年に提示したモデルがある:
変数をざっくり説明すると:
- : 雑音指数(回路が熱雑音をどれだけ増幅するか)
- : 発振器の信号電力
- : 共振器の Q 値
- : キャリアからのオフセット周波数
- : コーナー周波数(フリッカー雑音が支配し始める境目)
見て取れることがいくつかある。Q が高いほど位相雑音は下がる——これが水晶発振器が強い理由だ。水晶は Q が から にもなるから、LC 発振器(Q が数十〜数百)よりずっとクリーンだ。また 信号電力が大きいほど雑音比が改善する、という感覚も合っている。
なぜ問題になるのか
直感的にいちばんわかりやすいのは、受信機のミキサーでの話だと思う。
ミキサーは「信号の周波数を別の周波数にずらす」部品で、ローカル発振器 (LO) の出力と受信信号を掛け合わせる。理想的な LO なら受信信号のスペクトルがきれいに平行移動するだけだ。でも LO に位相雑音があると、LO のスペクトルの裾野も一緒に受信信号と畳み込まれる。
結果として、隣の強い信号の裾野が自分の受信したいチャンネルに「漏れ込む」——これを reciprocal mixing と呼ぶ。強い妨害波が隣にいると、LO の位相雑音のせいでノイズフロアが上がってしまう。どれだけ受信機のアンプを低雑音にしても、LO が汚ければ台無しになる。
結局、何と戦っているのか
熱力学だと思う。絶対零度でない限り、抵抗や半導体接合に熱雑音がある。その揺らぎが回路の中で位相のゆらぎに変換される。Q を上げる、電力を上げる、低雑音なデバイスを選ぶ——どれも「ゆらぎに対する信号の比」を改善しようとする戦いだ。
TCXO や OCXO が高い理由も、PLL の設計が難しい理由も、突き詰めればここに行き着く気がする。発振器を見るたびに、「この箱の中でどのくらい位相が揺れているんだろう」と考えるのが、少し楽しくなった。
— ランキン