ここまでで、二つの素朴な手が揃った。重ね合わせ では「一発の返事さえ覚えれば、複雑な入力も、その返事を足すだけで作れる」を掴んだ。1/r² では「源ひとつが作る場は 1/r² で薄まり、それを囲むフラックスは途切れない」を見た。
今日は、この二つが出会う。源がひとつのときの“返事”は分かった ── じゃあ、源が いくつもあったら、まわりの場はどうなるんだろう? 答えはもう、半分は手の中にある。覚えた返事を、源の数だけ足せばいい。でも、いざ足そうとすると、ひとつ小さな壁にぶつかる。そこを越えると、場というものの見え方が、ぐっと素直になるよ。
源を、もうひとつ置く
源をひとつ置くと、まわりに放射状の場ができる ── 前回 で見た、 で薄まる場だ。
ここからは、重力でも電場でも 同じ形 で読めるように、ただ『源』と呼ぶことにする。ただ、絵にするなら正と負を置ける 電場のほうが分かりやすい ので、図ではそちらを借りるよ。重力なら、源(質量)はいつも正で、場はまわりの物を質量へ引き寄せる向き。電場なら、正の源からは場が湧き出し、負の源へは吸い込まれる。向きの出方は少し違うけれど、各源が作る場をベクトルとして足す という骨は、まったく同じだ。さて ── 源をもうひとつ置いたら?
各点での場は、ただ 2つの場のベクトルの足し算 になる。
点 に立って、源1が作る場と、源2が作る場を、矢印として足す ── それだけ。源どうしは互いの存在を気にせず、それぞれが自分の の返事を撒き、観測点でその矢印が合算される。これは 前々回の「独立」(同時に源があっても、片方の返事はもう片方を気にしない)が、そのまま場に効いている姿だよ。── ここでは、源の位置が固定された、静かな線形の場 として見ている。源が動いたり、媒質がそれに応じて変わったりする話は、いったん脇に置いておく。
下のラボで、順に触ってみてほしい。まず源を1つだけ 置いて、「場(坂の向き)」ビューで、矢印が四方へどう広がるかを見る。次に同じ符号を2つ 置いて、真ん中で矢印がどう足し合わさるか(押し合って外へ広がる)を見る。最後に +と− を置くと(双極子)、+から湧き出した矢印が−へ吸い込まれ、横では 打ち消し合う場所と強め合う場所 ができる。式を一行も追わなくても、この3つを触れば「場は、源の返事の足し算でできている」が、目で分かると思う。
向きを足すのは、しんどい
ここで、さっき言った小さな壁が来る。場は ベクトル ── 大きさだけでなく 向き を持つ。そして、向きを持つものの足し算は、地味に面倒なんだ。
具体的にやってみよう。ある点 で、3つの源からの場が、こんなふうに来ているとする:源1から「右上 の向きに 5」、源2から「真左に 3」、源3から「真下に 4」。この3本は、矢印のままでは足せない ── まず一本ずつ、水平成分()と垂直成分()に分解する:
- 源1:
- 源2:
- 源3:
次に どうし・ どうしを別々に合計して 、最後にそれを大きさと向きに組み直す。── たった3本でも、この手間だ。
源が2つ3つならまだいい。でも源が100個、あるいは連続的に広がっていたら? 各点で、100本の矢印をいちいち で分解して、成分を足して、組み直す ── しかも空間の点ごとに、だ。考えただけで、うんざりするね。
そこで、もっと素直な足し算はないか、と問いたくなる。鍵は「向き」だ。
足し算が面倒なのは、場が ベクトル(向きと大きさを持つ量)だからだった。もし足したいものが、向きを持たない スカラー(ただの数)だったら、話は一気に楽になる。スカラーは、温度や標高や気圧みたいに、各点にひとつの数が貼られているだけの量だ。スカラーどうしの足し算は、 という、ただの数の足し算 ── 向きを分解する必要がない。「24℃ の部屋に 18℃ の風が入る」とき、温度に北も南もないよね。それと同じだ。
じつは 前回の終わり で、その逃げ道を一度だけ口にしていた ── 「ポテンシャルで見るなら、まず足すのは向きのない のほうだ」。場というベクトルを直接足す代わりに、向きのないスカラーを足して、後から向きを取り出す。これを、いま使う。
ポテンシャル ── 1/r のすり鉢を、足す
向きを持った場のかわりに、各点に ひとつの数 を割り当てる。源からの距離 に対して (重力なら符号をつけて )で決まる、向きのない量。これを ポテンシャル という。
ポテンシャルは数だから、足し算はただの 足し算 だ。向きを分解する手間がいらない。源ひとつは、まわりに 型の 地形 を作る ── 重力なら の 井戸、電場なら、正の電荷は 山、負の電荷は 井戸。符号で山か井戸かは変わるけれど、 の形を足して地形を作り、最後に坂を測る、という手順は同じだよ。源を増やすと、その地形が そのまま重なって足される ── でこぼこの地形ができていく。
そして場は、その地形の 坂 として取り出せる。正の試験粒子をそっと置くと思えば、粒子はポテンシャルが下がる向きに押される(符号を変えれば、山と井戸も、押される向きも反転する)。その向きと急さが、場そのものだ。きちんと言えば、場はポテンシャルの傾き(勾配)の逆向き、 と書く。( は「地形のいちばん急な上り坂の向き」を指す記号、頭のマイナスはその逆=下り坂のこと。記号が苦手なら、「場 = 地形の坂」 とだけ持っておけば、この先も困らないよ。)「数を足してから、最後に一度だけ坂を測る」── これが、矢印を一本ずつ足すより、ずっと楽な道なんだ。
ここで、前回と今回の“数字”の関係も見えてくる。 の地形の「坂の急さ」を測ると、ちょうど になる んだ。つまり、ポテンシャルが 、その坂である場が ── 前回の (場)と今回の (ポテンシャル)は、坂と高さの関係でつながっていた、ということ。
ラボを「ポテンシャル地形」ビューにすると、この地形が見える。同符号の源を2つ置くと、すり鉢が融合してひょうたん型の等高線になる。等高線が混んでいる所ほど坂が急 = 場が強い。源を足すだけで、入り組んだ地形がいくらでも作れる のが分かると思う。
ひとつ、なぜ楽な道が許されるのかを、軽く手すりとして。場の足し算()と、ポテンシャルの足し算()が食い違わないのは、「坂を測る」操作(勾配)が線形だからだ。先に を足してから坂を測っても、先に坂を測ってから足しても、同じ場所には同じ矢印が立つ。だから安心して、楽なほう(数を足す)から進める。
▶ 地形と坂を、両方の見方で触る ↗ ▶ 3D地形を回して見る ↗
源を、たくさん ── 和が積分になる
源が、とびとびの点ではなく、空間に 塗り広げられて いたら ── 質量や電荷が、もやのように連続に分布していたら ── どうなるんだろう?
考え方は、これまでと地続きだ。源が1個なら、その返事を1つ見る。2個なら、2つの返事を足す。100個なら、100個の返事を足す。源が連続に広がっているなら、空間を 細かなかけらに刻んで、各かけらを「ちいさな点源」だと思って、全部足す。その“ものすごく細かい足し算”を、数学では 積分 と書く。それだけのことだよ。
かけらひとつを見てみよう。ある場所 にあるかけらの源の強さは、「その場所にどれだけ源が詰まっているか(密度 )」×「かけらの小ささ(体積 )」。そのかけらが、いま知りたい場所 に届ける返事は、覚えた をその強さ倍したもの ── ここで は、かけらから までの距離 だ。あとは、かけらの分だけ全部足す。式で書くと、こうなる:
ものものしく見えるけど、言っているのは 「源のかけらを、全部足す」 の一文に尽きる。 は、その足し算をものすごく細かくしただけの印。分子の が「かけらひとつの源の強さ」、 が「そのかけらが に届ける の返事」── 強さ × 返事を、空間ぜんぶで足し集めている、それだけだ( や といった比例係数は省いて、形だけを書いているよ)。
見覚えのある手だね。これは 畳み込み でやった「短冊の返事を足す → 刻みを 0 にして積分」と、球面の薄まり でやった「 の返事」を、ひとつに重ねたものだ。一発の返事()を覚えて、源の場所ごとに置いて、源の強さで重みづけて、全部足す。 今日いちばん大事な一文を選ぶなら、これになる。源の分布さえ分かれば、空間のどこの場でも、この足し算(積分)で出てしまう。
具体例で、スカラーの足し算の楽さを味わっておこう。ある点 から見て、距離 の所に 、距離 の所に の電荷があるとする(電位の係数は )。 での電位は、各電荷の を ただ足すだけだ:
向きの分解は、一切ない ── 数を2つ足しただけ。もし同じ配置で 場(力の向き) を知りたければ、最初にやった 分解が、矢印2本ぶん要る。スカラー(電位)の手軽さが、数字で分かると思う。
重力でも、まったく同じ形だ。質量 が距離 にあれば、重力ポテンシャルは ── やはり、ただの足し算。源が電荷か質量か、符号が+か−かが違うだけで、骨は一本だ。
そして面白いのは、この同じ骨が、分野を変えても顔を出すこと。重力ポテンシャル(源=質量)も、静電ポテンシャル=電位(源=電荷。テスターが読む、あの電圧そのものだ)も、定常状態の温度分布(源=熱の湧き出し。熱伝導でも同じ 型の式になる)も、非圧縮の流れの速度ポテンシャル(源=湧き出し・吸い込み)も ── 衣装は違うのに、骨はこの一本だ。だから、一度この「返事を置いて足す」を手に入れると、分野をまたいで同じ道具が使える。物理の地図の、いちばん気持ちのいい所だと思うよ。
二つの扉
ここで、立ち止まりたい。いま私たちは、場を 中身から組み立てた ── 源を一つずつ数えて、その返事を足して。けれど 前回、まったく違う見方をしていたのを覚えてる? 源を囲む面を考えて、外から、貫くフラックスを数える だけで、中の源の総量が分かった。面の形にはよらず、囲んだ源で決まる、と。
つまり、同じ「場」に、二つの扉がある。
ひとつは、外から、まるごと。閉じた面を貫くフラックスを数えれば、中に何があるかの 総量 が分かる( = 囲んだ源で決まる)。源の一個一個を知らなくても、総量だけは、外側からの“貫き”で押さえられる。
もうひとつは、中から、部品で。源を一つずつ拾って、その返事 を足し上げれば、場の 細かい形 まで分かる(さっきの積分)。
この二つは、矛盾じゃなくて、同じ事実の表と裏だ。源は湧きも消えもしない(保存)── だからこそ、外から数えた総量と、中の部品を足した結果が、きっちり合う。片方は「世界をまるごと囲んで帳尻を見る」目、もう片方は「中身を一粒ずつ積む」目。この連載でずっと追ってきた 足し合わせ(中から)と 湧かない・消えない(外から)が、場というひとつの対象の上で、ようやく握手する。
どちらの扉にも、物理ではちゃんと名前がついている。でも、今日はまだ呼ばないでおく。名前より先に、二つの見方が同じ場所を指している、その手応えのほうを持っておきたいんだ。
場は、源の台帳でできている
最後に、少しだけ遠くを見たい。
ここまでの話を一言にすると ── 場とは、源たちの“返事”の重ね合わせ だ。空間のどこに、どんな場が立っているか。それは、源の台帳(どこに、どれだけの源があるか)から、原理的には完全に決まってしまう。── 少なくとも、ここで見てきたような 静かな(時間で変わらない)場 では。場は、空っぽの空間が勝手に持っている飾りじゃなくて、源が書き込んだ帳簿の、読み出しなんだ。
そして、その帳簿が信用できるのは、源が 勝手に湧いたり消えたりしない からだった。もし源が気まぐれに増減したら、外から数えた総量も、中から積んだ和も、合わなくなる。足し算は閉じず、場は“一つのもの”として書き下せない。保存という地味な約束が、ここでも足場になっている ── 数えられるから、足せる。足せるから、場が決まる。
源をひとつ置いたときの、たった一発の返事。それを覚えて、置いて、足す。これだけのことの繰り返しで、重力の場も、静かな電場も、組み上がっていく。きれいだと思う。複雑な世界の見た目の裏に、「一発の返事を足す」という、拍子抜けするほど素朴な骨が一本通っている。── その骨をもう少し先までたどると、源と場をひと息で結ぶ式に行き着くのだけれど、それはまた、名前を呼ぶ覚悟ができたときに。